企画背景:足尾銅山の歴史
足尾銅山は1610年(慶長15年)に発見され、1697年(元禄10年)には我国の銅の生産高は世界一で長崎貿易の輸出高の半分は銅であったといいます。
鉱山経営が順調に発展するなかで、公害の原点といわれる足尾鉱毒事件が発生しました。坑木や、燃料として周辺の山林を乱伐したことと、硫酸を含んだ煤煙とによって周辺の森林は大きな被害を受けました。足尾銅山の煙害と1887年に起こった山火事により松木村は全村離散を余儀なくされました。また丸裸になって保水力を失った山では洪水が頻繁に起こるようになりました。洪水のたびに渡良瀬川では、鉱毒のため魚が死に漁業ができなくなってしまいました。
昭和48年の閉山以降、地元のボランティア団体、国土交通省を中心に植樹運動が始められました。 |